でもそれより何より人目を引いたのは、長く豊かな黒い巻き毛です。彼女が自分の歌に合わせて踊ると、艶やかな髪はそれは楽しそうに弾むのでした。

 アニータは歌ったり踊ったりすることが大好きでね。働いている姿なんかほとんど見かけませんでした。
 ウト・ピアの子供は十歳にもなれば、家族を助けるために働くのが普通でした。この少年のようにのように親の仕事を手伝う子もいれば、農家や火薬職人など人手の足らないところへ奉公に出る子もいたんです。

「しかし、お前今更なんでそんなこと言い出すんだ。チェン、まさかお前、好きだったのか?」
「何言ってんだよ!」

 少年は弾かれたように大きな声を出しました。
 アニータは確かに美しい少女でしたが、あまりに綺麗だったし、それにいつ見かけても風と歌い日差しと踊っていたから、話しかけたこともありません。少年はいつも夜眠る前に、ちょっとだけ後悔したりも していました。

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「オレはあの子と話したこともねぇのに」
「ははっ正解だ、関わらん方がいい。女はうちのかあちゃんみたいに良く働く優しいやつがいいんだ。ま、お前みたいに真っ黒なやつ、あっちから願い下げだろうしな!」

 父親は笑いながら木材を肩に抱えて運んで行きました。残されたチェンは、いまさらながら自分の出で立ちを見下ろします。

 彼はアコーラでは最も平均的な肌の黒い民族でした。その上、元の色が分からないほどオイルやニスの染み込んだ、ボロボロの作業着を着ています。それだけでも十分過ぎるほど黒いのに、一日の尊い仕事が終わる頃には、泥やら汗やらで頭からつま先まで余計に黒くなってしまうのでした。

「なんだよ。自分だって真っ黒じゃねえか」

 ずんずんと力強く去っていく父の背中にそう吐き捨てたものの、チェンは黒く汚れた自分を誇らしく思っているのでした。

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