そうやって風呂につかっていると、建て付けの悪い窓の木枠が急に震え出しました。そしてすぐにガタガタと騒々しい音が、ガラス窓を殴りつけるように響きました。

 北の外れにある、例の丘――かつてシェーラたちが住んでいた、アララト家の方からです。

 村人たちはあの丘を「悪魔の通る丘」と呼び、近づくことを禁じていました。確かに時折響くこの音といい、無人となった屋敷のたたずまいといい、どこか不気味な丘ではあります。でもチェンは、あの丘を嫌うことがどうしてもできませんでした。

 仕事から逃げ出したアニータが、よく丘で踊ってたからです。不思議な旋律を気まぐれに歌いながら。

 彼女の黒い髪が青空を背景に揺れる。その眺めは鮮やかで力強いはずなのに、どこか淋しげなのでした。

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 アニータは、あの丘の悪魔について行ってしまったのかも。
 熱い湯につかってぼんやりとそんなことを思っていると、母親が怒鳴りました。

「チェン! いつまで入ってるの? 早く出てきなさい!」
「はーい!」

 チェンの家は十六人兄弟で、こうしてゆっくりしてはいられません。下の子供たちの歯を磨いてやり、絵本を読んで寝かしつけるのはチェンの役割です。

 弟たちが特に好きなのは、アコーラの南に広がる海の冒険ものでした。空よりも濃い青で、川よりもずっと大きな水の流れる「海」。
 人々が船に乗り、水上を風に吹かれて旅をする。あなた方には当然のことでも、内陸育ちのチェンにとっては、夢見ることもできない不思議な物語です。

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