すべてを風に任せた、無事に済む保証などない旅。絵本に描かれるスリルと未知の世界の魅力に、弟たちはいつも夢中になります。そしてチェンは毎晩兄として、現実的な大人を演じ弟たちをいさめてきました。

 馬や牛のように、人間に御することができる乗り物での旅は楽しいものになるでしょう。それはある程度安全で、怖くなればいつでも家へ引き返すことができます。

 しかし、風を御することはできません。船は乗り手を、思いもしないほど遠くへ運んでしまうかもしれないのです。両親の優しい手の届かないほど、遠くへ。泣き声も聞こえないほど遠くへ。
 ――そう言って脅さなければ、弟たちはいつまでも航海ごっこをやめず、チェンを困らせるのでした。

 そうやって今夜も何とか幼い弟六人と妹七人を寝かしつけると、ようやくチェンにも自由な時間がやってきます。

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 窓辺に寄ると、空にはまん丸とした月が高く登り、星がちらちらと煌めいていました。両親は疲れて眠っています。姉二人は薄暗いランプの下で刺繍をしながら、なにやら楽しそうにひそひそとおしゃべりに余念ありません。

 久しぶりに悪魔が通る音がしたものの、とても平和な夜でした。だって丘を通る悪魔が何事かやらかしたことは、今までに一度もないのですから。

 涼しい風が吹き、虫の音が透き通る明るい夜。今にもアニータに似た妖精が踊りながら通り過ぎて行きそうな白い月光。その下の草原にはぽつりぽつりと家々の明かりが点っています。
 その明かりを一つ一つ右へ向かって目で追いかければ、最後の明かりの向こう側に例の丘が黒々と横たわっているのでした。

 チェンは幼い頃に友達に誘われて、夜の丘へ行くことになった日を思い出しました。でも結局怖くなって、一晩中どきどきしながら布団の中で狸寝入りしていたのでした。

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