「嫌になったんだろ、ここにいるのが」

 黙り込んでいたのを拒絶と取ったんですね。チェンの方はなんと言ったらいいのかわからず、顎をかいていました。チェンは、剃っても剃っても生えてくる無精ひげ独特の手触りを気に入っていました。

「別に、そんなことねぇけど」
「じゃ、何を考えてた?」
「んー……」

 自分が言いたいことなんて、ほんとは分かっていたのに、チェンは言い渋っていました。

 やっぱり恥ずかしいものですよ。自分の夢とか情熱とか、憧れなんかについて話すのはね。特に若いうちには。私みたいにもう見た目以上に恥じるもののない年寄りにでもなれば話は別ですが。

 チェンは、丘のふもとでボトルを拾ったあのときからずっと夢見てきたんです。

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 船が水に浮くみたいに空気に浮けば、鳥みたいな羽があれば、人間も空飛べるんじゃないかって。あの「悪魔の通る音」は、そのための実験なんじゃないかってほとんど確信してたんです。

 だけど確証はありませんでした。それに、チェンは海も船さえも見たことのない田舎者です。そういう絵本の中のものは全部でたらめで、子供をいいように操るための大人の作り話かもしれない、そんな思いもいつもついて回りました。

 チェンは何度、自分の空想力を憎んだことでしょう。子供みたいな夢に取り付かれ、仕事に集中できない自分に辟易としたことでしょう。
 家族で一番年上の男の子として大人にならなきゃいけないのに、チェンの頭の中はいつも、鳥と船と、凜としたアニータの面影でいっぱいでした。

 子供の頃に親しんだ懐かしい玩具みたいなもんですよ。諦めなきゃいけないガラクタであっても、手放ことがどうしてもできない。

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