『なあチェン。俺は別にかあちゃんと結婚したことは後悔してねえよ』

 彼の父親は時々、しみじみとこんなことを言っていたのです。

『でもなあ、早くに身を固めるのがいいって訳じゃない。お前は小さい頃から家の手伝いばっかで、女の手を握ったこともないらしいじゃないか。お前、このままでいいのか?』

 走り回る子供たちの横を通り過ぎて、日よけ用の小さな傘を手に寄り添う老人たちの前を横切り、チェンは墓地の隅までやって来ました。お墓を守る高い鉄の柵の間から、ちょうど遠くにあの丘が見えます。

「好きなように生きてみろって、言われてもな」

 ぽつりとつぶやいて、チェンはじっと目の前の景色を見つめました。

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 昼は天使が踊り、夜は悪魔が走り去る丘やそのてっぺんの無人の家。その延長線上に、チェンは密かに空想を抱き続けてきました。
 丘よりももっとずっと遠く、ここではないどこか――頼りないのにどこか魅力的な船旅の行く末。

 それを象徴するのはいつも、翼を得て風にさらわれたアニータのイメージでした。

 長いスカートの裾をつまみ、両手を広げて風を受け、毅然と空を見上げる横顔。
 眠れない夜に、ふと目覚めた朝に、突如襲ってくる白昼夢に、何度思い描いたかわかりません。なのにその女神が微笑んだり、チェンを呼んだりすることは一度だってありませんでした。

 少しでも振り返ってくれたなら、一度でも名前を呼んでくれたなら。チェンは今までの生活全部を捨てて、その細い手首を捕まえに飛び出して行くのに! なんて誰にも言えない情熱ばかり胸にしまいこんでいました。なにせ彼は十七歳でしたから。わかるでしょう?

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