その日の夜は月が明るく、まだ昼の面影を残す熱い風が、南から丘のある北の方角へ吹き付けていました。

 暑いさ中のお墓参りに疲れた村人は誰一人出歩くはずもない夜中。久しくなかった悪魔の通る音が、再び村に響き渡ったのです。

 チェンはすっかり狭苦しくなった寝室で飛び起きると、大きくなった弟たちを蹴りのけ窓に駆け寄りました。
 黄ばんでごわつくカーテンを掻き分け、湿気を含んで僅かに膨張した木枠の溝に指をかけると、そこにはめこまれたすすけたガラスの震えが伝わってきます。

 星も見えないほど明るい蒼い光に照らされた草原。その先にそびえる丘に向かって、チェンは勢いよく窓を押し開きました。

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 こぼれてきたのは、いっぱいの青草のにおい! それらとともに聞こえてくるのは悲鳴でした。今にも壊れそうな馬車や戸棚や家が立てる、木の悲鳴です。

「やっぱりそうだ!」

 幼い頃には聞き分けられなかった音も、今の彼には確信を持つことができました。これは、かなりの質量を乗せた沢山の車輪のきしみに違いありません。圧力でしなり、風に虐められる木の断末魔。

 助けて!

 そう聞こえた気がして、チェンは息を呑みました。
 胸の中の女神がついに、大きな黒い瞳を揺らせてチェンを一瞥したのです。

 部屋の片隅に押しのけられていた樹脂のサンダルを突っかけて、チェンは家を飛び出しました。

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