熱を帯びた風に導かれるように、チェンは月明かりが照らす草原を駆け抜けました。長年夢見た景色の前へ。数年前、もしやと思った瞬間から待っていた夢物語に向かって。悪魔の通るあの丘へ。

 そして真ん丸な月が浮かぶ空の下、ようやくたどり着いた丘のふもとでは、小宮殿ような木造の建物が、まるでチェンを待っていたかのようにわずかに体を傾けて佇んでいたのです。

 巨大な円筒を真ん中で割って寝かせたような胴体にはたくさんの車輪が付いていて、手摺りの巡らされた上部には広い布がいくつも張られ、夜風を受けてバタバタと音を立てています。そしてその横腹からは、左右対照に二枚ずつの木製の羽がついていました。連なって颯爽と空を滑っていく、つがいの鳥のように。

 その姿は長年思いを寄せてきた女神、空を飛ぶ船の姿そのもので、チェンはただ、肩で息をつきながらじっと見上げていました。

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「やっぱり駄目か」

 すると唐突に残念そうな声が降ってきて、チェンは視線を上げました。

 青白い月光に包まれた建造物の淵に、人影が見えます。逆光でよく分かりませんが、かなり細身な人物のようでした。声の雰囲気からしてチェンと同じくらいの年の男の子でしょう。
 人影は手摺りに両肘を付いて、がっくりとうつむきました。

 そこでようやく、唖然と見上げているチェンに気づいたようでした。彼は顔を上げて、首を傾げました。月明かりに浮かび上がるそのシルエットに緑色の星が二つ、瞬きます。じっと息を飲んでチェンを見下ろしているようです。

 しばらくチェンもそれを見上げていました。少年とおぼしき影はぴくりともしません。昼間の熱の残る風が、ボサボサの金髪をあおります。

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