え? ウト・ピアをご存知でない。仕方のないことかもしれませんね。このアラゴン王国はアコーラ王国との国交が絶えて久しいですから。

 アコーラ王国は先進大陸の南東にある三日月渓谷を越え、さらに白の大平原を渡った先にある王国です。大地は赤土に覆われ、水気のない乾いた熱風の吹き荒れる厳しい土地でした。

 そんな領地の中央よりやや南東に位置するのが、私の故郷ウト・ピアです。古い異国の言葉で「どこにもない場所」という意味です。

 ウト・ピアの北には不思議な丘がありました。あの地域には珍しく緑の茂っていましてね。
 日当たりもとても良くって。時折吹き抜ける風が丈の低い若草を揺らすと、まるでさざ波のようにきらきらと輝きました。

 そしててっぺんには赤い屋根とベージュの土壁の家が建っていて、シェーラという娘が大家族と共に住んでいました。

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 亜麻色の髪と褐色の肌。シェーラは一般的なアコーラ人でした。奔放で気立ての良い女だったそうです。

 でも彼女はやせた畑を耕すことも、複雑な機織り機を扱うことも大嫌いでした。だから家族の目を盗んでは、しょっちゅう仕事を抜け出していました。

 そしてスラリと長い足で丘を駆け降りて行くのです。

 母親が大声で名前を呼んだって、足の早いシェーラには届きません。彼女が走れば辺りの草は風がなでたようにひるがえり、みずみずしい緑は太陽の光を照り返し小川のように輝きます。

「ごめんね母さん。でもうちの中は、私には少し退屈なの!」

 丘の上の家を振り返ってそう叫ぶと、シェーラは村の西の外れにある、今にも崩れそうなあばら家へ飛んで行くのです。

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