ノアの父は研究に没頭すると息子の声も流れる汗も何も分からなくなってしまう人でした。だから、息苦しさを感じたノアは一人、昼の熱気の籠もった地下を抜け出して、小屋の外へ出ました。 傾いた巨大な夕日を遮るものは何一つなく、熱線はノアの顔を容赦なく焼きました。でも、夕方独特の爽やかな風が、彼の体を優しく拭ってくれます。 空気の層に歪んだ真っ赤な太陽は嫌いではありません。それは丘の草波も、遠くの森も、空の雲も、すべてをつつむこの大気ごと、炎の色に染めてしまいます。その世界を見ていると、熱心に研究の事を話すときの、父の紅潮した頬を思い出します。それを見ると、ノアはなんだか幸福な気持ちになるのでした。 そうして夕日の行方を見守っていたノアは、ふと視界の片隅で真っ黒な影が動いていることに気づきました。 |
丘の緩やかな勾配の下の方。真っ黒な小さな影は、この日色の世界の中でただ一つ染まることなく、くるくると動き回っていました。 狼。 ノアは一瞬、体をぐっと固めました。ですが注意深く見つめるうちに、そうでないことなどすぐ知れました。 とにかくノアが目を離せずにいると、急に風向きが変わって、透き通った小川がせせらぐような歌声が聞こえて来ました。言葉の意味はわかりません。離れすぎていて、よく聞こえなかったのです。 ちょっとした好奇心でした。ノアは音を立てないよう深呼吸してから、そろそろと丘を下りました。 |
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