夕日に焼き出された影は、一羽で誇り高く空をゆく大鷲のように凛と艶やかで、近づくにつれてますますノアの心を惹きつけました。
 心地よい歌が終わると影は優雅に腕を振り、空に向かってお辞儀をしました。それから顔をあげてようやく、ノアの視線に気づきました。

 彼女が見たのはきっと、白んだ東の空に浮かぶ現れたばかりの儚く清楚な月と、夕日の残り火を移した少年の間抜けた表情だったでしょう。そして呆けたノアが見つめていたのは、大地を溶かそうとして沈んでゆく、燃え上がる夕空を従えた美しい王女でした。

「あなた、こんなところで何してるの?」

 先に声を出したのは少女の方でした。ノアは暫くどう返答したものかと黙り込んでから、ぼそぼそ答えました。

「空を、見てた」
「え? 聞こえない」
「……あんたが、その、歌ってるのを見てた」

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 遠慮がちに言うと、少女は満足そうに微笑んで巻き毛の一房をかきあげました。
 肩で弾んだその髪色の黒いことに、ノアはびっくりしました。油のしみた工具や焦げた木片、冷えた鉄。ノアの見たことのあるどんな黒より、純粋な黒です。

「あなたも仕事をさぼってるってわけね」
「ちょっと休憩しただけだ」
「同じよ。あ、勘違いしないで。悪く言ってる訳じゃないの」
「あんたこそ、仕事はいいのか」
「私は働くために生まれたんじゃないもの」

 少女はさも当然のようにそう言って、額に滲んだ汗を拭いました。仕種の一つひとつからリズムが生まれて、黙っていても歌っているようでした。

 ノアが彼女に見とれている間にも太陽は西の大地に消えて、東の空から夜がやってきました。

 ああそうだと、ノアは心の中で呟きました。

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