彼女の頭髪は、秘密を隠した月が背負う夜闇に似ています。ノアの父がいつも手を伸ばしては捕まえられない、荘厳の宮殿のアーチの色。

「この丘で誰かに会ったのは、あなたが初めてよ」
「ここによく来るのか」
「ほとんど毎日ね」

 ノアが地下に籠もって父親を手伝っている間に、彼女はここに来ていたようです。

「……こんな所に来て、親は心配しないのか」

 ノアはこの頃にはすでに、自分と父親が村でよく思われていないことに気づいていました。肌の色も目の色も違うし、何より、父親が村の皆と同じ仕事をしようとしなかったからでしょう。
 だけど父の作る機械がなければ、このウト・ピアの人々は困ってしまう。そこが余計に腹立たしいのだと思っていました。

「そうね……。あの人たちは私をあまり良く思っていないから、どうでもいいんじゃない?」

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 当時のノアにはその言葉の意味も分からず、なんと答えるべきかも分かりませんでした。
 他人が自分たちを避けているのは理解できても、親が子供を良く思わないはずがないと、ノアはそう思っていたんです。ノアは何も言わず、色濃くなる夜に浮き上がる凛とした少女の横顔を見つめていました。

「そろそろ、行かなきゃ」

 少女がそう言い出すまで、二人は立ち尽くしていました。その頃にはもう涼やかな夜の空気が辺りに満ちていました。

「帰るのか」
「明日また、ここへ帰ってくるわ。あなたは?」

 その愛くるしさと美しさの危ういバランスに見とれながら、ノアはただ一度、小さく頷きました。それで少女はまた、満足気に微笑みました。

「私はアニータ・ガルショー。あなたの名前は?」

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