二人はそれから毎日、同じ時間を過ごすようになりました。

 アニータは歌や踊りや遠くの街の話ばかりして、家族の話なんて一度もしませんでした。ノアはいつもそれを聞いているだけでした。だからあんなことになるなんてねえ……。ノアは彼女から直接知らされるまで、気づきもしませんでした。

 アニータと出会ってからしばらくして、ノアの父親はこの世を去りました。村の長から小屋を出ることを禁じられたノアは毎日小屋に籠もりきりで、アニータは小屋の側までは来るものの、中へは入って来ませんでした。ノアが鍵をかけてしまったからです。

 初めノアは、アニータの顔を見れば淋しさも忘れられると思っていました。なのにアニータはノアの期待通りにはしてくれません。自由な人間である彼女が思い通りになるはずがないことなど、わかっていたはずでした。

「父親なんて、所詮血が繋がっているだけの他人じゃない。そんなに大騒ぎすることじゃないわ」

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 優しい笑顔でそう告げられた瞬間、ノアは何かの崩壊を感じたのでした。愛くるしい笑顔に嫌悪と懐疑が押し寄せて、これまでの時間を一気に流して行きました。

 それからと言うもの、ノアは打ちのめされた気持ちで地下室に閉じこもってしまったのです。
 することのないノアは父親と祖父が残した資料を片っ端から開き、指の隙間から零れる砂のように、知識をただするすると涙と一緒に垂れ流していました。時折、上からアニータの声が聞こえました。謝る訳ではなく、出てこないのか、とか、食事はどうしてる、とか。

 そういう呼び掛けも日ごと月ごと減っていき、そして丘は静寂に包まれました。

 時間は残酷です。そうするうちにまた、暑い季節が巡ってきました。

 いつかと同じように、地下のあまりの寝苦しさに耐えられず、ノアはそろりと地上階へ登って来ました。

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