それはまるで野を駆けるしなやかな獣のように、伸びやかな旋律のように夜風に響いて。そしてこの刺し沁みる月光の下に、彼女がやってきました。

「アニー!」
「ノア、よかった、また会えて!」

 アニータは弾んだ息をつきながら、窓辺に駆け寄り、飛びつくようにノアの首に長い腕を回しました。
 汗ばんだ彼女の肌が首筋に触れると、何とも言えない気持ちになりました。彼女の熱い体からは、優しいハーブの香りがします。

 ノアはアニータに、離れるように言おうとしました。そうでないと息さえもできません。きっと彼女の巻き毛が顔にかかっているせいに、違いありません。

 しかし口を開いたのはアニータの方が先でした。

「ノア。私もうあなたとは会えないの」

 その言葉はノアの中に生まれた熱い強張りを、どこかに吹き消してしまいました。

40×40←PRE


「私、明日アモーロートへ行くの。父さんが遊びに連れて行ってやるって。でも、そんなの嘘なのよ。あの人は私を厭らしいじじいに売りつけるつもりなの! そうやって自分たちだけ幸せになろうとしてるんだわ!」

 背中に回されたアニータの両腕に、ぐっと力が入ります。

「絶対、あいつの思い通りになんてさせない……誰かの奴隷になんて、なるもんか! だから、ノア。私逃げるわ。こんなつまらない田舎町からも、下らない家族からも。でもねぇノア、あなたに会えなくなるのは淋しい」

 滝のように言葉が流れていきました。意味がわからず、ノアは心の中で反芻しました。
 父親が子供を、売る。ノアの幼い常識の中では子供は商品ではありません。もし仮にそうだとしても、アニータは全然働かないのですから、買い手がつくのか怪しいものです。ノアはぽかんと、そんなことを考えました。

NEXT→40×40