「……もう、行くね」

 色々気になることはありました。

 でもアニータの体が離れて、彼女の目がゆらゆらと潤んでいることに気づくと、そんなことは全部どうでもよくなってしまいました。

 なんとかしなくては。ノアは慌てて言葉を探しました。
 手をこすりあわせて、無意味に綺麗な空を見上げて、何と言うべきなのか、彼女はどうしたら喜ぶのか、考えました。慣れたもので、アニータは見守るように優しく待ってくれています。

「会いに行く……その……アニーのところに」
「どこに逃げるか、私にも分からないのに?」
「探す。きっと、見つける」
「とても遠くまで逃げるのよ。きっとたくさんの山と川と海の向こうの、誰にも見つからないところまで」
「大丈夫だ。空を飛んで行くから」
「空を飛んで?」

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 アニータが吹き出しました。元来の気丈な眼差しが一瞬だけ垣間見えた気がして、ノアはこっそり安堵の息をつきました。

「それは、素敵ね」
「そうか」
「……待ってる」
「必ず行く」
「信じてるわ」
「……信じてくれ」

 ノアは重ねてそう言いました。アニータはただただ微笑んでいましたが、それ以上は何も言わず、爽やかな夜風に髪をなびかせ丘を下って行きました。

「信じてくれ、アニー」

 もう聞こえないとは知りつつも、ノアはもう一度呟きました。

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