ノアの昔話が終わる頃、夜は明けようとしていました。東の空は魔法の花瓶を倒したみたいにさあっと色めき、気の早い鳥達の影が駆け抜けていました。

「そっか……」

 チェンはただ相槌をうつことしかできませんでした。憧れていた少女の本当の姿を垣間見て、少し困惑していました。

 他人からも家族からも疎まれ、一人丘で踊っていたアニータ。
 幼い日のチェンにもっと勇気があったなら、彼女は自分に会いに来てくれたかもしれない。ウト・ピアを出て行かずに済んだかもしれない。なんて、そんなこと考えても仕方がないのに、チェンは見ているだけだった自分が腹立たしくて仕方ありませんでした。隣にノアがいたので、態度には出しませんが。

「お前もアニータを知っているのか?」

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 ノアは大きな目でじっとチェンを見つめて聞きました。でもチェンには、ノアのようなエピソードはありません。

「えっ? いやっ……別に、たまに村で声かける程度くらい、かな」

 ついうっかり小さな嘘をついてしまって、チェンは内心深くため息をつきました。こんな嘘、バカらしいだけです。アニータと話したことはおろか、挨拶さえしたことがないくせに。
 幸いノアはこの話題には興味がないらしく、大きなあくびを一つかきました。

「俺は少し、眠る」

 ノアは立ち上がると、タブダブのズボンのポケットから鍵を取り出しました。鉄の環に二つ、小さな金色の鍵がくっついています。そのうち一つを外して、チェンにくれました。

「小屋の鍵だ。予備はないから、無くすなよ」
「分かった」

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